広島百景

稲生武太夫(いのうぶだゆう) [ 1734~1803 ]

稲生武太夫碑(三次市三次町)

《稲生物怪録》(いのうもののけろく)は、江戸時代中期の三次を舞台とした妖怪物語。寛延2(1749)年、主人公・稲生平太郎(武太夫の幼名)が16歳のとき、旧暦7月の30日間にわたり、屋敷にさまざまな怪異や妖怪があらわれる。平太郎はその全てに耐え抜き、最後に魔王・山本五郎左衛門から勇気を認められるというストーリー。江戸時代から、本や絵巻などさまざまな形で受け継がれ、現代でも創作の種として活かされ続けている。
稲生家の『由緒書』によれば、武太夫は宝暦2(1752)年、父「武左衛門正親」の跡を継ぎ、稲生家の第7代目を相続。のち「忠左衛門正令」を名乗る。宝暦4(1754)年、「御供歩行」を解かれ、同8(1758)年11月に「御城下ぇ引越被仰付」、三次から広島へと赴き、天明9(1789)年「御広式詰御歩行目付被仰付」、とある。広島藩士を計52年勤めたのち、享和3(1803)年没(享年70歳)。武太夫の墓は本照寺(広島市中区)にある。
「稲生武太夫碑」(写真)は昭和3(1928)年に建立されたとする碑で、撰文には近代の講談の内容がみられる。この場所は、明治期に稲生家(別系)があったとされるが、武太夫の屋敷跡は確認できていない。
参考文献 ・〈柏本〉(かしわぼん)※序文に「天明3(1783)年」と記す系統の文章作品を呼び、最初に誕生したとみられる作品。
       広島藩に仕える柏正甫(かしわせいほ)なる人物が同僚の稲生武太夫(平太郎の成人後の名)から聞いた話を書き留めたというスタイルのもの。
     ・『稲生武左衛門正信先祖由緒書 並 畧系図』(個人蔵)
     ・『改訂版 妖怪いま甦る-《稲生物怪録》の研究-』(三次市教育委員会)

校正 湯本豪一記念日本妖怪博物館(三次もののけミュージアム)

前ページへ戻る