広島百景

平田玉蘊(ひらたぎょくおん) [ 1787~1855 ]

平田玉蘊画「月次風俗図屏風」から4月(花祭り)(広島県立歴史博物館蔵)

木綿問屋福岡屋の平田新太郎(五峯)の二女で、備後国尾道東御所町(広島県尾道市)に生まれました。幼少から絵を好み、八田古秀を師として、四条流を学び、花鳥画に才能を表しました。また、頼山陽や田能村竹田らと文雅の交わりがあり名をはせました。20歳(数えで19歳)で父を亡くし、筆1本で母を養いました。玉蘊と頼山陽は結婚することを望みましたがうまくいきませんでした。後に、4歳年下の妹玉葆の子を養子として育て福岡屋を守りました。画家としての名声は画人伝「画乗要略」に名が載ることからもわかります。
参考文献 「江戸期おんな表現者事典」現代書館(2015.2)P1066
     「日本女性人名辞典」日本図書センター(1993.6)P872

校正 広島県立文書館

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