広島百景

吉益東洞(よしますとうどう) [ 1702~1773 ]

吉益東洞(広島県医師会画像提供)

室町幕府菅領の畠山政長の血統を引き、安芸国広島の医家に生まれました。幼い時は兵法を学びますが、19歳の時に医師を志しました。当時の医療思想であった中国の陰陽五行説に強い矛盾を感じ、37歳の時、一家をあげて京都に転居し、医者として開業しました。世に認められなかった数年、火事や盗難にあうなど困窮生活が続きましたが、当時の名医・山脇東洋に認められてから名声を博しました。病の原因はすべて毒であり、薬も毒、毒をもって毒を制すという万病一毒論を説き医学の世界に新しい風を吹き込みました。1973年に、没後200年を記念して、広島県医師会館内に、吉益東洞顕彰碑が建立されました。
参考文献 「広島県大百科事典上下」中国新聞社(1982.11)下巻P726
     「日本歴史大辞典(1~3)」小学館(2000,7)3巻P1042
     「講談社日本人名大辞典」講談社(2001.12)P2040

校正 広島市医師会
   広島県立文書館

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