広島百景

江木鰐水(えぎがくすい) [ 1810~1881 ]

江木鰐水肖像画(福山誠之舘同窓会蔵)

鰐水は14歳の時に福山藩五十川氏に医学を学び、その後その娘と結婚し、五十川家の親戚である江木家を継ぎました。京都に遊学して頼山陽に師事し、さらに江戸に出て幕府の儒官などに学びました。1837年に福山藩に登用され、藩儒として弘道館で教授となり、誠之館の建設に尽力しました。ペリー来航時に老中首座だった藩主阿部正弘の顧問として神奈川へ行き、海外の形勢を洞察し、攘夷を非としました。維新期には特に活躍し、戊辰戦争では参謀として函館まで転戦し、重要な役割を担いました。廃藩後は士族授産・産業育成に努力し、1877年には東京に移住しました。1879年に浅草で行われた鰐水の古稀の祝賀会は日本における立食パーティのさきがけと言われています。
参考文献 「事典近代日本の先駆者」日外アソシエーツ(1995.6)P128
     「広島県第大百科事典上下」中国新聞社(1982.11)上P140
     「幕末維新新人名事典」新人物往来社(1994.2)P174‐175

校正 福山城博物館

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